It must notice.  element from bicycle.
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あたりまえだからこそ・・・
最近、帰り道によく寄るコンビニがあります。

私の最寄り駅から自宅まで、およそ1km弱の間には
コンビニ、百均、24時間スーパー、合わせて7軒程あります。

その7件ある中で買い物がある場合、普通に選ぶのは
*自宅から近い*安い*品揃えが良い・・・というような
要素があるんだと思いますが、私が立ち寄るコンビニは、
そのどれにも属さず、自宅からは遠く、値段は当然正価、
品揃えも可もなく不可もなくというところ。
至極普通のコンビニです。

自分でも意識をしていませんでしたが、なにか買い物があるなぁと
思ったとき、自然に足が向くのが、そのお店でした。

つい先日、その中の一軒、たまにしか立ち寄らないコンビニが
閉店しました。

自宅の目の前でしたので、超夜型人間の自分には、こうも寒さが
厳しくなったときの夜食確保用に立ち寄るくらいでしたが、
正直、あまり感じの良いお店ではありませんでしたでの、それほど
不便は感じません。

では、なぜ私がそのコンビニを利用するのか?

答えは私自身、何度か足を運びながらも、ごく最近気付きました。


ここで質問です。

皆さんはコンビニでお買い物をされた時、
「ありがとうございました!」と
頭を下げられた事がありますか?


私は「あ~した!」「あ◯×△ざ~す!」とか、
日本語しゃべれないの?と思うような、暗号みたいな挨拶を
されたことは多々ありますが・・・所謂挨拶をされた記憶はあまりありません。

実は私がよく立ち寄るコンビニでは、会計が終わり、他のコンビニのように
とりあえず感でお釣りを渡され、挨拶もどきをされるんだろうなぁと、
少し身構えていると、両手でゆっくりお釣りを渡し終えてから、
「ありがとうございました。」と両手を深く揃えて下ろし、
こちらの顔を見て挨拶をされます。

最初はビックリしましたが、でもビックリしながらも、それに驚いた自分が
すごく恥ずかしくなりました。



16年前。

この年は、後に某宗教団体が都内でテロを起こし摘発されるなどもあり、
後に激動の1年であったと言われ、私自身でも息子が生まれた年でもあります。


サボリ癖のあるblogですが、毎年、この日だけは書こうと決めています。



当時の私は、某英国ブランドの宝塚にあるお店の店長として勤めていました。


5時46分52秒・・・

大阪市内に住む私ですら、完全な熟睡から飛び起きるほどの体験したことのない
地響きと大きな突き上げ、そしてスグに続く、目の前の景色が揺れるほどの横揺れ。

数分なのか、数十秒なのか、その判断すら付かぬほど、その間は何が起きているのかを
冷静に理解しようとするのだけで精一杯なほど・・・

揺れが収まり、すぐさま家族に電話をし無事を確認すると、当時のお店のスタッフにも
念のため位の気持ちで電話をしました・・・

繋がらない。

その間にTVを付ける。

朝日放送でも地震のニュースを大きく速報で取り上げている。

だが少し様子がオカシイ。

何か、ある箇所と連絡が取れないでいる模様。

ニュースの中で震源地は淡路島から神戸沖と。

ではとチャンネルをサンテレビに合わせ、電話を掛け直そうとした時、
それが繋がらない理由を目の当たりにし、そして愕然としました・・・

私はそのほんの数カ月前に結婚し居を移すまで、6年ほど三ノ宮に住んでいました。

私がその時テレビで見た三ノ宮は、在るべきものが在るべき場所にない、
でも、見たことのある、悲しい三ノ宮でした。

その後の有様は、以前のblog()()で書きましたが、

私が当時勤務していた宝塚の某百貨店では、お店の再開が地域復興の何かしらの
手助けになればと、それこそ自らも被災者となっているであろうスタッフから、
取引先業者のその取引先業者という、糸より細い繋がりにも関わらず、
皆さんがその細い繋がりを自ら手繰り寄せて、お手伝いに来て下さいました。

私はそこで、これからも体験することはないだろう、いや、したくない場面に
出会しました。

お店の再開準備が整った後、次に巡ってきたのがお客様の安否確認です。


「最近あのお客様来ないなぁ。元気かなぁ?」などという当たり前な光景ではなく、
お客様の安否そのものを心配しないといけない、それまで想像もしえなかった場面でした。

当然電話も繋がるはずもなく、住所は知っても、未だ瓦礫が山積し、自衛隊の車が
救出作業を続けている光景の中、多くのお客様の安否を確認するには、あまりにも
厳しい状況でした。

片道3時間強を掛けながら、震災の影響の殆ど無い大阪へ戻り、
昼間の光景が嘘ではないかと思い始める頃、また3時間でそれが現実であると
引き戻される数週間を過ごし、そのお店は再開の日を迎えました。

当日、お店に出勤する道すがら、幾ら食品の販売があるにせよ、それ以外の洋服などを
この時期に販売しても良いものなのか?というような、得も知れぬ罪悪感に苛まれながら、
店前に着いた時、息を飲みました。

エントランスのある駅ターミナルのフロアは、開店を待ちわびた多くのお客様で、
足の踏み場もないほどの状況で、それは関係者誰もが予想もしない現実でした。

慌てふためく私達スタッフの準備が整った開店30分前、震災後、初めての営業は
始まりました。

いつもの初売の福袋を求めてエスカレーターを駆け上がる音を遠くに聞きながら、
何にせよお客様がお越し頂いたことに、心のそこから安堵し、その日は売上よりも
ご来店されたお客様の中から見知った方の安否の確認を再優先しようとスタッフと
話していると、大きな買い物袋を両手一杯に抱えたいつものお客様が数客、同時に
来店されました。

そしてショップに着くなり第一声が、

「よかった!元気やったんやねぇ!」

「ここらはまだお水が出ないから、飲み物食べる物困るでしょ。
  缶ジュースとかケーキしか無いけど、置いて帰るから食べて」

「皆もおうち大変やのに、ありがとうね。」

「元気やったら、まだまだ頑張れるね。」

「これからもよろしくね。これで閉店とかしないでね。」

そして、

「また来るね。差し入れ持って・・・頑張ってね。」

見知ったお客様が元気であった安心感と、そして思いもかけぬいただいた
本当に温かいお声に、スタッフは場所も身分も弁えずに泣きました。

私達スタッフがお客様からいただいた声は、本当は私達が話すべき事です。

いつ来るかも、それがどれほど大きかも分からない余震に皆が怯えながら、
そういう状況に少しでも私達がお客様の手助けになればと準備して迎えた
再開でしたが、マニュアル世代のサービス業はこうあるべき的な、そんな
浅はかな想定などいとも簡単に吹き飛び、自分がお客様に対して今まで
どういう行動をとってきたのか、それをはっきりと目の前に提示された、
接客業の何たるかの本質を理解させられた瞬間でした。

その時にお客様へ話した
「ありがとうございます。」

この瞬間の思いは今も忘れません。

お客様から渡された缶ジュースとケーキを手に、心の底から有り難いと感じ、
これ以上礼を尽くす手段を思い付かずに、申し訳ないと思いながら、
出来る事は頭を深く下げるだけでした。



自分が何を持って禄を食むのか?

それに対してのプライドと行動。

通信販売ではなく、お店でお客様に来店していただく事。

それに対する意味と理解。

この事に売り買いの単価や種類などは関係がないはず。


「いらっしゃいませ。」

「ありがとうございました。」


この二言をどう発するかで、その人の商売に対する思いが体現されるように感じます。


コンビニで深々と頭を下げる店員さんを見て、もっと効率よく、さっさと済ませて
次のお客様を相手する方が良いと諭されているかもしれません。

効率の前には人は人でなく、数字に変わります。

私らの業界でよく有る「何万口のお客様」とか「セット販売」とか「今日は何万をやった」
というような口調にも似た感覚を覚えます。


当たり前の事ですが、

「ありがとうございました。」

心の底からこう言えることが、私達には絶対に必要だと、あれ以来考えています。

これが上の空でしか発せないときは危ないなとも自戒しています。



1月17日。

16年前に生まれた子が中学を卒業する程の時間を経過しましたが、
その時に見た光景や思いは未だ風化することなく、逆に日を追う毎に
重みを増します。


「ありがとうございました。」

今年も心からこう言える1年でありたいと思っています。







2011'01'17(Mon)01:48 [ weblog ] CM0. TB0 . TOP ▲
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